Inomata Koichiro’s diary

Inomatakoichiroという選手歴もない「ただの人」が「プロコーチ」になるまでに、大切にしてきた事を中心に綴ります。もちろん最新の情報や三菱養和情報も綴ります。

続ける意味を見つけた日

みなさんお久しぶりです。

2024年初めてのブログ更新となるかと思います。

 

本年もよろしくお願いいたします。

 

これまで頻繁に投稿してはいなかったものの、ここまで期間を空けていたのは初めてなのではないかと思います。

 

その理由は少し個人的な、少々複雑な想いがあったことが原因です。

これを話すべきか、どうなのか、と思うところはあるのですが、少し前に踏み出してみようと思うこともありましたので、今日から再開させて頂こうかと思います。

 

なかなか、遠回りな話になるかと思いますが、気になる方だけ読んでください。

 

時は8年前まで遡ります。

我が子を授かりし日から、こころに多少の変化がありました。

その想いは「子どもと一緒の時間を過ごしたい」そういった想いです。

 

子どもが保育園の時代は、平日に休みでも保育園を休ませて一緒に過ごすことができましたが、小学校へあがるとそうもいきません。

 

子どもたちが休みの日に仕事であった時には子どもたちをどこへも連れて行くこともできず、申し訳ない気持ちでした。

 

そんなこんなで第二子、第三子を授かり、さらにこの気持ちは大きくなってきました。

 

そして、かなりこの間を省略しますが、2024年度より一旦(一旦と言っておきます)、現場から離れることとなりました。

 

長く勤めた調布スクールともお別れ。

巣鴨での勤務となります。

サッカースクールは、平日1日だけグラウンドに立ちます。

また、巡回指導も継続します。

そして新たに指導者養成事業もお手伝いします。

※今日からチューター研修会でJグリーン堺へ!今新幹線の中です。

 

それ以外は正直どんなことをやるのかは、具体的によく自分自身もわかっていない状況です。

長らく調布におりましたので、しばし調布の方々ともお別れです。

昨日は最後のスクールでした。

 

多くのスクール生や保護者の方々からあたたかいお手紙やご挨拶をいただき、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

 

私が関わった選手たちからもたくさんのありがたい言葉をいただきました。

たくさん写真もとってくれて、本当に久しぶりにしんみりきましたよ。。。

 

そして、最後の年に、自分が初めてジュニア監督だった時に携わった子たちと一緒に指導者としてグラウンドに立てたことも本当に嬉しく思っています。

 

戻り戻って、ブログなどの発信を中断していた理由に戻ります。

それはこういった状況で、現場を離れる猪俣が発信しつづけていいのか、意味があるのか、ということがどこか引っかかることがあったからです。

 

でも、たくさんの感謝のことばをいただいたり、「ブログ見てますからね〜!」などと声をかけていただいたことで、「自分にもまだできることがある」と思うことができました。

 

投稿頻度があがるわけではありませんが、気長につづけていければと思っています。

 

私の発信がどこかのだれかの1人のためにでも役に立てるうちは続けていきたいと思います。

 

今後ともよろしくお願いいたします。

 

2024.3.21

猪俣 孝一郎